病態
前十字靭帯(ACL)は、大腿骨と脛骨を膝関節の真ん中で結ぶ強固な靭帯です。
球技や格闘技、陸上競技など俊敏な動作が求められるスポーツで、膝のゆるみやひねりに対して動きを安定化させる重要な役割を果たしています。バレーボールやバスケットボールといったスポーツのジャンプ動作の着地時や、サッカーやスキー等の切り返し動作時、柔道やラグビーの接触時に損傷することが知られています。内外側半月板や内外側側副靭帯などの、ACLとともに膝の機能を維持するために重要な組織も同時に損傷することがあります。
近年ではACL損傷後に二次性に生じる半月板損傷や軟骨損傷、将来的な変形性膝関節症への進行が問題視されており、再建手術による機能回復が年齢やスポーツレベルを問わず推奨される標準的な治療法となっています。
症状
受傷時には強い痛みと膝関節の腫れが見られ、歩行困難となることがほとんどですが、急性期を過ぎると徐々に痛みは軽減し、日常生活で大きな問題はなくなります。
しかしながら日常生活やスポーツ活動をする中でACLが機能しないことによるぐらつきや亜脱臼が生じ、不安定感から特にスポーツ活動において支障をきたします。また、亜脱臼時に関節内組織を損傷し、痛みや引っ掛かり、ロッキング症状を生じることがあります。
検査
受傷機転を含む病歴や徒手検査により詳しく診察をし、ストレス撮影を含むレントゲン撮影、超音波検査、MRIなどの画像検査の結果を合わせて診断します。
徒手検査
ACL損傷膝において、ACLが機能を果たしているかどうかが重要と考えており、まずは徒手検査によって判断します。ACLの機能は脛骨(下腿)の前方移動と回旋をコントロールすることにより膝が脱臼しないようにすることです。前者に対してはAnterior drawer test (前方引き出しテスト)やLachman testを行い、損傷した膝の脛骨の前方移動の具合を徒手的に確認します。またKT-1000 arthrometerを用いて脛骨の前方移動量を定量化して判断します。後者に対してはpivot shift testを行い、脛骨が回旋に伴ってガクっとずれる感じ(亜脱臼)を徒手的に確認し、また患者さんの膝が外れそうな恐怖感があるかどうかをチェックします。また同時に損傷する可能性が高い内側側副靱帯、もしくは外側側副靱帯、さらには膝窩筋腱などの後外側支持機構と呼ばれる組織(群)の損傷の有無についても内外反ストレステストなどによりゆるみの具合を確認します。
単純X線
ACL損傷に伴う特徴的な所見としては、脛骨外側関節面の縁に剥離骨折(Segond骨折)があるかどうかなどをチェックするとともに、関節の隙間が狭くなっていないかどうか(関節裂隙狭小化)などの変形性膝関節症の所見の有無、また合併して損傷しうる側副靱帯の損傷の有無、その程度をチェックするため内外反ストレス撮影をチェックしております。またACLを損傷してから長時間経過している方(陳旧性ACL損傷)について追加の治療オプションを検討する目的などのため、下肢全長撮影も行っております。健側との比較も必要となるため、両膝の撮影をします。
MRI
単純X線では見ることができない、ACL損傷そのものや、ACL損傷に伴う特徴的な所見をチェックします。また合併して生じうる半月板損傷や側副靱帯などの損傷についてもチェックし診断することが可能です。MRI検査は撮影する器具または撮影方法により画像・結果が大きく変化しうる検査であるため、必要によりご紹介いただいてから再度こちらでMRI検査を指示させていただく場合があります。
治療
東京科学大学整形外科 膝足スポーツ班では、現在全国的に行なわれている膝屈筋腱を用いた二重束再建術を1994年から全国に先駆け施行してきました。近年ではこれまで当院で行われた詳細な解剖研究やバイオメカニクス研究に基づいて、適切な位置に骨孔を作成し、患者個人の移植腱径に合わせて初期固定力を決定し、損傷靱帯の遺残組織を温存した新たなアプローチにより正確かつ再現性の高い二重束再建術を行っており、高いスポーツ復帰率と患者満足度を誇っています。
患者さん個人のご希望や復帰を目指す競技の特性に応じ、必要な膝機能を再獲得するために最適な術式を提示します。コンタクトスポーツや膝の深屈曲を要するスポーツ(バレエ、柔道など)に対しては、骨付き膝蓋腱や骨付き大腿四頭筋腱を用いて再建を行います。また再建ACLにかかる負担が大きいと予想される方(膝のひねりに対する不安定性が極端に大きな症例、膝が反り返って伸びる症例、ACL再建術後の再断裂例)には、より確実な安定性の獲得を目指し、骨付き膝蓋腱を用いた再建術に、膝関節の前方外側に存在するひねりに対する制動となっている部分(前外側構成体)の再建も併せて行っています。
また頻度の高い半月板損傷などの合併損傷に対しても丁寧な修復を行い、靱帯機能のみならずそれを支える二次性膝関節安定化機構を大切にし、膝関節全体の機能損失を最小限にとどめるよう心がけています。
なお、まだ成長期にある小児の患者さんにおいては、大人と同じ手術を行うと骨端線(成長線)を損傷し成長障害をきたす恐れがあります。ですので患者さんによっては骨端線が閉じるまで手術を待機することもありますが、スポーツ活動レベルや半月板損傷の程度により手術適応を判断し、必要あらば骨端線を温存する形で手術を行います。
ACLを含めた複合靭帯損傷に対する再建術やACL再建後の再損傷に対する手術を含めると、当施設では年間100例以上の手術を施行しています(コロナ禍以前)。
手術時間は1.5-2時間です。合併損傷に対する手術が必要な場合はさらに1-2時間程度長くなります。入院は1週間前後(術後5-7日で退院)を目安としています。
また当院スポーツ医学診療センターと連携しており、靭帯再建患者に対し、受傷直後から可及的早期の競技復帰を視野に入れた、アスレチックリハビリテーション(スポーツリハビリテーション)を行っています。より早期の競技復帰とパフォーマンスの向上、再受傷率の減少を目指し日夜取り組んでいます。