病態
脊髄や脳などの中枢神経は脳脊髄液内に存在しており、脳脊髄液は硬膜内に充満することでその内圧(髄液圧)を維持し、頭蓋骨内で脳を浮かべて守っています。
何らかの原因で硬膜に数mm程度の穴が空いてしまい脳脊髄液が硬膜の外へ流出してしまった状態が脳脊髄液漏出症で、それにより髄液圧を維持できなくなってしまった状態を低髄液圧症候群と呼びます。この状態では特に立位時には脳が下方へと落ち込んでしまうため強い起立性頭痛などの症状を呈し、ひどい場合は頭部の硬膜下血腫を生じることもあります。類似した病名に脳脊髄液減少症がありますが、漏出症や低髄液圧症候群との明確な定義の境があるわけではなく、同義と考えて差し支えありません。
さらに包括的な概念として、”Duropathies”があり、これは『脊椎における硬膜裂孔を原因とした諸疾患』として近年提唱された概念です。これは疾患群であり、髄液が流出する脳脊髄液漏出症や低髄液圧症候群、硬膜裂孔から脊髄がはみ出す脊髄ヘルニア、硬膜裂孔からくも膜がはみ出す硬膜外くも膜嚢腫、脊髄障害による筋力低下を呈する多髄節性筋萎縮症、そして晩期障害としての脳表ヘモジデリン沈着症などが含まれます。
このように硬膜裂孔はこれらの疾患群の根源的な原因であることから、当院では以前より全国に先駆けて積極的な診療を行っており、特殊な画像検査による硬膜裂孔部位の同定と手術による硬膜修復術において世界的にトップクラスの経験があります。
症状
1)低髄液圧症状
急性期における起立時のひどい頭痛やめまいが特徴的です。耳鳴りなどを伴うこともあります。症状は1週間-1ヶ月程度で自然に軽快することも多いです。
2) 硬膜下血腫などの頭蓋内出血
急性期症状の一つで、頭痛に加え、脳の圧迫が強い場合には意識障害などが生じ得ます。
3)ヘモジデリン沈着症状
脳脊髄液漏出症の発症数年~数10年して発症します。
難聴、ふらつきなどの神経症状が主症状です。詳しくはこちらのページを参照。
4)多髄節性筋力低下
主に上肢の近位筋(肩の挙上や肘の屈曲)の筋力低下が生じます。多くは片側性ですが、稀に両側性に発症することもあります。
5) 硬膜外くも膜嚢腫による神経圧迫症状
圧迫された神経に応じた感覚・運動障害が生じます。
検査
1)MRI
1-1) 2D MRI
一般的な脊椎MRIにて漏出の有無を調べます。漏出部位は頚椎から腰椎までの脊椎のどこにでも存在しうるため、複数回の撮影を要する場合もあります。典型的にはFloating Dural Sac Sign (FDSS), Dinosaur Tail Sign (DTS), Ventral Fluid-filled Collection in the spinal Canal (VFCC)などが認められます。
1-2) 3D MRI
2D MRIにて髄液漏出が認められた場合、特殊な3D撮影技法にて硬膜裂孔部位を同定します。この撮影技法では硬膜がより強調されるため、裂孔がより鮮明に描出されます。ただし体動や呼吸などの影響を受けやすいため、複数回の撮影をyouする場合があります。
2)ダイナミックCTミエログラフィー
腰から注射し、髄液内に造影剤を注入しながらCT撮影することで、造影剤の経時的な動きを詳細に観察することができます。
撮影された画像を時系列を含めて再構成し詳細に検討することで、髄液内の造影剤が硬膜裂孔から漏出する瞬間を捉えることができます。
この検査は数日の入院にて行います。
これらの画像検査によりこれまでほぼ全例で硬膜裂孔を見つけることができています。
3)髄液圧測定
同様に腰から髄液内まで針を挿入し、髄液により形成される水柱の高さを観察することで髄液圧を計測します。
一般的には6cmH2O以下で低髄液圧と判断されます。
治療
1)保存療法、経過観察
硬膜裂孔発生直後の低髄液圧は自然と軽快することが多いことから、まずは安静と補液にて経過を観察します。自然と硬膜裂孔が閉鎖することもあります。
2)手術療法:硬膜修復術
硬膜裂孔が閉鎖せずに髄液の漏出や貯留が長期に残存する場合は、長い経過で脳表ヘモジデリン沈着症を発症する可能性があるため、よく相談の上で適切なタイミングで外科的な閉鎖術を行います。
裂孔の位置に寄りますが、基本的には背中側から進入し、脊椎の骨の一部を切除して硬膜内に入り、脊髄を愛護的によけて前方の硬膜裂孔を直接糸で縫合閉鎖します。
術後は1-2週でMRIにて髄液漏出の消失が確認されます。
受診・診療におけるご注意
本疾患専門の医師が診察致しますので、上記の疾患名を記載した紹介状をお持ちの上、受診してください。
脳脊髄液漏出症と類似した症状の患者さんであっても、画像検査により当科で定義する髄液漏出所見を満たさない場合には当院での治療はできかねますことを予めご了承ください。